5.般若のような |
小学校低学年の頃でした。 ふと、夜中に目が覚めると隣の布団は空です。 「ああ、お母さんはまだ起きているのか」と思い、私も布団から出ました。 夜中で心細かったのです。一部屋だけ、明りがポツリとともってる部屋がありました。 そこは、仏壇の間でした。 やはり、そこにお母さんはいました。 私の気配を察してお母さんは、こちらへ振り返りました。 私は、その顔を見て仰天しました。 泣きはらして充血した眼は、異様な光をギラギラとはなっています。 歪んだ形相は、まるで般若の面のようでした。 お母さんは、私に近寄りました。 そして、すごい力で私の両腕を握り締めながら、搾り出すような声で言いました。 「まず、眼をえぐりとってやる」 私は、その恐ろしさに声もでませんでした。 凍りついたように呆然と固くなりました。 母の恐ろしい言葉は続きます。 「次に、鼻を削ぎ、舌をひきぬいて、耳を引き千切り、手足をバラバラに してやる。そして、最後に心の臓を包丁で一突きだ! ただ、殺しはしない。おまえのお父さんは、さんざん苦しめてから 殺してやる!」 この後の記憶はここで途切れています。 もう、三十年以上昔の話です。 幸い、お母さんはお父さんを殺しませんでした。 その変わり、私は愚かで醜い夫婦喧嘩に巻き込まれ、故郷から逃げ出さないといけませんでした。 離婚訴訟に十年以上をかけた両親。 父の女癖の悪さに苦しみもだえ、鬼と化した母親の記憶は、今でもこの胸に痛ましい傷となっています。 般若の面を見るつど、母を連想します。 |