千手滝の伝説

 今から400年ほど昔の天正9年、赤目渓谷の近くにあった柏原城は、織田信長の軍に攻められ包囲されました。城主の滝野十郎吉政は奮戦も虚しく城を明け渡さざるをえなくなり、その娘千手姫は恋人の本間草之助と共に、赤目渓谷へと落ちのびました。しかし、織田勢の追撃は激しく、草之助もそれに応戦しながらの逃避行だったので、いつの間にかふたりは離れ離れになってしまいました。ひとりになった姫は赤目の山中に逃げ込み、一軒の草屋に助けを求めました。そこにはひとりの老婆が住んでおり、わけを聞くと快くかくまってくれたのでした。その草屋にも追手の武士がやって来ましたが、老婆の機転でやっと難をまぬがれ、ほっとひと息ついていた時です。「千手姫、千手姫」と外から呼ぶ声がするので姫が夢中で外に出ると、そこには手傷を負った草之助が立っていました。ふたりは再開を喜びましたが、いつまでもそこにいるわけにはいかず、更に山奥に逃げ込むことにしました。実は、姫をかくまってくれた老婆は草之助の母親だったのですが、少年のころ武士として身をたてたいと母が止めるのも聞かず家を出た草之助は、顔をあわせることはできなかったのです。互いにかばいあいながら、さらに山中へと逃げたふたりでしたが、ついに追手に見つかってしまいます。そして、滝のそばで追い詰められたふたりは「生きて敵の手に落ちるよりも・・・」と手を取り合って滝壺に身を沈めてしまったのでした。そのことから「千手滝」と名付けられたということです。

※この伝説は「伝説の赤目四十八滝」より抜粋したものです